J-JOURNAL 5周年企画「実況者から見たユベントス」後編
――海外では当たり前のようにありますが、弊社のような単独メディアは日本にそう多くはありません。イングランドで暮らした経験のある野村さんにとって、専門的なメディアをどう感じますか?
そうですね、日本はやっぱり選択肢が少ないなとは思います。例えばイタリアとかスペインとか、特にラジオ文化があるところではコメンテーターが何人もいて、みんなが好みのものを聞くじゃないですか。
サッカーって正解はないと思っていますので、色んな見方があって、コアな見方もあればライトな見方もあるし、戦術的な見方が好きな人もいる。
それに正解はないと感じます。みんながそれぞれに合う媒体があってもいいのかなって思うんですよ。
よく有料チャンネルのメディアのディレクターやプロデューサーに提案させてもらうんですけど、ハイライト番組って大概一つじゃないですか。
これはコアな人用、これはライトな人用というものも番組としてあってもいいと思うんですよね。
そこが選べないというのは、ある種、ファンに押し付けている気がしています。
メディア側からすると、どうしても「予算が…」となってしまうのですが…。
――「感動の押し付け」みたいな番組が増えている気がしています。
そうですね。「感動しなきゃスポーツじゃない」という風潮は否めません。最近は選手までもが「感動してもらうために…」と発言することも多くなった気がします。
選手には、純粋にスポーツを楽しんで、頑張ってもらって、それを見て、ファンがどう思うかで良いと思うのですが…。
僕は「スポーツって楽しいもの」という認識があります。その楽しさをいかに伝えるか。そこは我々、伝える側の責務なのかもしれませんね。
もちろん、感動を生むことも多いですが…、「感動ありき」の風潮には疑問を感じます。そこは日本と欧米とのスポーツの捉え方の差なのかなと感じます。
――その点で、実況者として心がけていること気をつけていることがあればお聞かせください。
アーセナルが無敗優勝した年(2003年)、僕は1年半ロンドンにいて、チケットが欲しかったんですけど高くて買えなかったんですよ。
なので、結局チェルシー戦を毎試合見たり、当時稲本(潤一)選手がフルハムにいたのでその試合を見たりとかしていました。
そのとき記者のパスは持っていなかったので、全部自費でチケットを購入して観戦していました。
チェルシー戦はサポーターズクラブの会員として購入し、その他のチームの試合は、発売日にチケット売り場に並んだり、知り合いや友達の友達からチケットを譲ってもらうなどしていました。
なので、ゴール裏であったり、バックスタンドなど色んな角度から観戦していたんですけど、そこで見ていたときの感覚を大事にしたいと思っているんです。
――どのような部分でしょうか?
スタンドで観戦していると後ろでボール回していたりとか、ボールデットになったときとかはみんな隣の人と話をしていたりすると思うんですけど、アタッキングサードになったときはみんな会話をやめて一瞬「おっ…」ってなるじゃないですか。それでさらにチャンスになると立ち上がる。
その瞬間ってイングランドでもイタリアでも皆一緒で(笑)
――まさに(笑)。
そういう感覚って、だいたいサッカー好きな人ってみんな同じタイミングだと思うんですよ。「このタイミングは見るとき」というのがみんな共通している。だからそこを邪魔しては決していけないなと思っています。
自分がスタンドで観戦していたときのあの感覚を絶対忘れないように、みなさんの感覚を邪魔しないようにしゃべりたいというのが一番強いですね。
コメント
日本のフットボールファンの中でユベンティーニやセリエAのファンを中心に戦術を議論する場が増えると良いですね。
個人的にも戦術の理解を更に深めて、より楽しく観戦できる様になりたいと思います。