ベルナルデスキ、苦しんだユベントス時代を振り返り 「ベンチにいるのが正しかった」
2025/09/30
「新監督に会うときは、まるで初登校の日に戻ったような感覚になるんだ。それぞれの信念やスタイルがあって、選手としてはそれに合わせる必要があるからね」
「僕のプレー時間が最も少なかったのは(アンドレア・)ピルロが指揮を執っていた年だ」
「『リスクを冒してプレーしろ』というフレーズを巡って無益な論争が起こった。だけど幸いにも、僕はそれを自分のスローガンに変えることができた」
――この論争はどのようにして生まれたのでしょう?
「まず初めに、ピルロとは良い関係ではなく、最高の関係であることを強調しておくよ。妻同士もよく連絡を取り合っているしね」
「あのときは多くのことが誤解されていた。僕はプレーしていてもパフォーマンスが上がらず、自分を省みる必要があったから、ベンチにいるのが正しかった」
「実際、ピルロに対して文句を言ったことはないし、僕らには共通の友人がいるんだけど、彼曰く、ピルロが朝の体調を尋ねるのは僕だけだったらしいんだ」
「価値があるときは価値がある。ないときはない。そのことは自分でもよくわかってる。でも代表チームではプレーできた」
「たくさんの人が“ユニフォームの重み”について言っていたけど、僕はユベントスに3年間いたんだ」
コメント
プロビンチャのサッカーに適応してしまってたのが成長の失敗だと思う
若い時はもっと現代的なプレーをしていてイタリアもこういう選手育てるようになったんだなと感心したんだけど、それからイタリアのプロビンチャのエースのプレーになっていってビッグクラブでは活躍できない選手になった
プロビンチャでは自分が中心で自分の好きなようにプレーできて、イタリアはとにかくゴール取ったらどれだけそれ以外酷くても褒めるので、プロビンチャの王様はそれで賞賛されるんだから雑にゴール狙うようなプレーが多い選手になりやすいんだよ
でもそれユーベではやったら雑な選手として評価下がるしチームにも迷惑かかるプレーで、ユーベではただの11人の一人としてチーム全体のために丁寧なプレーと大きな仕事の両方を果たして行かないとダメで、それはプレーの根本が変わるので自分の良さをどう出したらいいのかわからなくなって自信失うことにもなる