コラム:ユベントスで試されるデイヴィッドの信念

「ブラジルの子どもたちは地元のクラブを愛しながらも、いつかレアル・マドリーやユベントスに辿り着くことを夢見ている。カナダの子どもたちもそう在るべきだ」
それはオタワ時代の恩師であるハリー・エル=マグラビー氏が2020年、アメリカメディア『The Athletic』のインタビューで語った言葉だ。
11歳でカナダのオタワ・グロスター・ホーネッツに加入したデイヴィッド少年は、当時から周りを圧倒するだけの俊敏さと、ゴールセンスを兼ね備えていた。
だが同時に、周囲の子どもたちと同様、ロナウジーニョの“魅せるプレー”に憧れる一人の少年でもあった。
しかし、同チームのコーチを務めるエル=マグラビー氏との出会いは、次第に彼の運命を変えていくことになる。
「私はキミたちを、ヨーロッパでプレーできる選手に育てようとしている」
そんな同氏の声は、フットボールがメジャースポーツではない国の、ましてや10歳を過ぎたばかりの年端もいかない子どもたちには届くはずもなかった。ただ一人、デイヴィッド少年を除いては…。
オタワ時代のデイヴィッドを支え続けたエル=マグラビー氏は、「ジョニー(デイヴィッドの愛称)に何かを教えれば、彼はそれをすぐに吸収してしまうんだ」と当時を回顧する。

「24時間、つねに自分を助けるための何かをしなければいけない」というコーチからのアドバイスのもと、その後5年間に渡って自らの才を磨き続けたデイヴィッドは、ストライカーとして徐々に評価を高め、同世代のなかでも傑出した存在になっていく。
そして、その才能がカナダ中に知れ渡ると、バンクーバー・ホワイトキャップスやトロントFCといったMLSに所属する国内の複数クラブから勧誘を受けることとなった。
一般的に、カナダの少年がプロフットボールの世界を目指すのであれば、それが最も安全で、最も確実な道のりだったはずだ。
現にバイエルン・ミュンヘンでその名を轟かせた、同い年のアルフォンソ・デイヴィスも、バンクーバー・ホワイトキャップスを踏み台に、ドイツの名門へと羽ばたいている。
しかし、欧州への“直行便”のみを望んだ17歳のデイヴィッドは、そういった誘いに揺れつつも、シュトゥットガルトやザルツブルクといった欧州クラブのみに目を向け、トライアウトを受けながらその機を待った。





